ぜんぶ残して、持っていて

ぜんぶ残して、持っていて

海辺の近くの家に住む友人が、大切な人だと紹介してくれたその人は、片腕が、なかった。

だからなんだというほど偏見を持っているわけではないけれど、単純にあぁそういう人なんだと思った。

彼の立ち居振る舞いはさすがに時々引っかかる部分はあったけれど、ごく自然に友人が手を差し伸べるものだから逆に嫉妬なんて不謹慎な重いにもなったりして。

鼻を突く潮のにおいが、ざらりと心をかき混ぜた。



そんなちくりとした焦燥感をかみ締めつつ、ふと小学校の時に好きだった子が転校して行った時の事を思い出した。
おいていかれる、とかそういう感覚よりも喪失感のほうが大きい。

彼はあの時何を思っていたんだろう。



浜風になびいた彼女の服の裾を右手で掴んで、彼のどこが好き?と馬鹿馬鹿しい質問をした。

彼女はとてもやわらかく笑って、「だって、彼私よりもずっと器用なの。」と答えた。